◆「ファンタジーの『王道vs破格』」荒俣宏  今回もまたユニークな最終候補作が集まった。まるで芥川賞の受賞作を読むかのように意欲的な内容、構成をもつ作品が多く、選者の一員として毎年こちらが試されている気分すら、抱くことがある。  まずAランクとしたのは『太陽の塔/ピレネーの城』であった。通常の意味のファンタジーではない。夏目漱石や『けんかえれじい』を思いださせる青春妄想小説であり、男子寮の知と痴が暴力的にからまりあう。京都における京大生の尊大ぶりと稚戯性とを巧みなレトリックで描きあげた。地域も時代も極度に狭いだけに、危い妄想に満ちみちている。それでいて、どこかに純な心情があふれている。まるで岡本太郎の作品のように突拍子もない「彼女」の研究を通じ、よい意味で明治文学の真面目さを感じさせる小説であった。これならファンタジーの読者にも支持されると確信して、一位に推した。しかし問題もないわけではない。あまりに技巧に走りすぎた場合、鼻につく危険のある文体である。この作品では成功したが、はたしてこのようなバンカラ一人称でもっと幅の広い物語に挑戦できるものかどうか、若い作家だけに注目して次回作を見てみたい。  第二位に推したBランクは二本『象の棲む街』と『ラビット審判』だった。『ラビット審判』は、Aとした『太陽の塔/ピレネーの城』と同じく、題材、文体ともにきわめて狭い分野を狙った作品である。一種の聖人伝説あるいは聖人の裏面伝説という、日本人には馴染みにくいテーマに挑んだ。ふつう、理想的聖人の裏面を探る場合、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』のごとく、なまなましい禁欲生活の偽善的側面がグロテスクに描かれがちとなる。本作品も基本的には同テーマなのだが、単調で説教でも聞くかのような語り口と、少年だけの教団という「男子寮」的妄想のおかげで、ムッとするようななまぐさい部分を消すことに成功している。読後、ふしぎな静寂があり、私は気に入った。が、これも通常にいうファンタジーとは異なる。『象の棲む街』のほうは逆に、堂々たるファンタジーで、連作形式のストーリー群に多彩な幻想シーンが盛り込まれていた。登場人物は極限情況の東京に生きる逞しさと機知とに恵まれ、魅力的だが、惜しむらくはどの人物に対しても「読み切った」というカタルシスが湧いてこない。最後のところでスルリと消えてしまうのだ。もしも、書かずに想像力にゆだねる手法の結果だとしたら、一層の努力を希望する。とはいえ、正統的ファンタジーだけを選ぶのなら、今回の優勝作である。   Bマイナスと評価した『影舞』は読むのに苦労した。たとえば、舞士の技がどのようにすばらしいのか、その本領が伝わってこない。こと細かに付けられた名前の説明もくどすぎるが、情報力あるいは世界創造力に尋常ならざる熱意を感じた。これはファンタジーの王道だ。いわばデバッグが済んでいない新パソコンOSを操作するような、無駄だらけだがひょっとすると途方もない別機能が搭載されているのかと期待させる「未知」のパワーを秘めている……のかもしれない。ここは急がず、時間をかけて巨大ファンタジー世界を構築してほしい。