「荒俣宏のITコラム」

NTTコミュニケーションズの「NTT中小企業IT化支援サイト」に掲載された連載です。
03/02/06〜/04/28まで7回掲載されました。
同HPは閉鎖されており、内容を紹介しておきます。

毎回「著者の紹介」が載ってましたが、同じ文章ですので1回目のみのせておきました。

-2014.08.26-

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「荒俣宏のITコラム」2003/02/06

「第1回 おもしろくなる気配」

世の中、ブロードバンド時代に突入だという。政府も、ADSLレベルの高速回線が日本じゅうに普及するのは、あと2、3年だと、意気込んでいる。

 では、ブロードバンドがふつうに使えるようになれば、どんな変化や楽しみがやってくるのか。ぼくもそこのところが漠としていたが、日立のブロードバンド対応「ネットで百科」と携帯電話用「電話で百科」を体験して、なんだか途方もなくおもしろい世の中になりそうな気配を実地に味わえた。

 ブロードバンド対応のネット百科は、いわば百科事典がさまざまな情報を別々のデータベースから掻き集めてくる「入口(ポータル)」の役目を果たす。たとえば北朝鮮のことを知ろうとしてネット百科にアクセスすると、地図情報や新聞記事などにつながるのは当たり前だが、動植物の図鑑や動画、明治時代からあるニュース映像のようなイメージもの、さらに国立の図書館から書物情報も引っぱってこれるのだ。

一挙両得の時代到来

 そう、ブロードバンド時代には、本を新聞とテレビと映画と地図がほぼ同時にながめられるようになる。しかも、仕事と遊びとがいっぺんにできるようになるのだ。ネット百科で「鮎」を引いたとすると、魚のアユ、鮎と名のつく地名、アユについての博物知識に加えて、アユの釣れる川、アユの料理法、アユの出てくる映画や小説、といったことを勝手に調べてくれるようになる。これをぜひ自動車に、カーナビ代わりに取りつけられたら、すごいことになるだろう。

 と思ったら、携帯電話用のネット百科がその夢を半分先取りしてしまった。カーナビに付いたGPS機能を携帯電話に搭載し、いまいる地点の緯度経度から、地域の名、歴史、名所旧跡、ショッピングや観光ルートなどの情報を調べだせるのだ。しばらくは百科付き携帯電話をたずさえて日本じゅうを走りまわり、一足早いブロードバンド時代の到来を楽しむしかないだろう。



荒俣 宏 
1947年、東京都生まれ、慶応大学法学部卒業。
コンピュータ・プログラマーを経て執筆活動に入る。代表作である「帝都物語」シリーズは350万部のベストセラーとなり、87年に日本SF大賞を受賞。知識と興味は幅広く、博物学からITまで、古今東西の事象に対する博覧強記ぶりで知られる。2000年に行なわれた「インパク」では、総合案内などを担当する編集長をつとめた。

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「荒俣宏のITコラム」2003/02/28

「第2回 売り手に回る」

 ご多聞に洩れず、インターネット生活を始めると、どうしてもオンライン・ショッピングを経験せざるを得なくなる。

 買うほうは、クレジットカードやデビットカードなど便利な決済法があるので、オンライン上でも支障なく実行できる。けれどもインターネットがもたらした最大のメリットは、わたしたち個人が買い手であるばかりでなく売り手にもなれる、ということだろう。これまでは商売を始めるとなると、店を構えるか、カタログを大量に印刷して駅前で配る、などという重労働が必要だった。ところがインターネットにサイトを開けば、店を一軒持つのと同じ効果が得られる。

立場の逆転

 こうして、わたしも、オンライン・ショッパーからオンライン・セラーへと立場を移しつつあるのだが、売り手になると即座に問題になるのが、代金の回収法だ。品物を売ったはよいが、代金の回収は思うにまかせない、という不満もよく耳にする。店を持っているわけでもない個人には、クレジットカードでの支払いを受けられない。

 ところが、アメリカではここ数年のあいだに、オンライン決済が飛躍的に簡単になった。一個人でも相手のクレジットカードから代金を引き落とせるようになった。そのカラクリは、仲介会社がいちど間(あいだ)にはいり、買い手側のクレジットカードから代金を引き落として、それをこんどは売り手のわたしの口座に入金してくれるのだ。手数料は取られるが、これで面倒だった海外でのオンライン売買も即座にクレジットカードで実行できるようになった。もう、個人輸入などということは、ふつうのできごとになった。

オンライン・ショッピング

 四年ほど前は、国際郵便為替を組んで、いちいち相手に送ったり、送ってもらったりしていたが、これは大変な手間だった。日本国内のオンライン・ショッピングも、今後急速に便利な決済法が導入されるにちがいない。だれもが売り手になれる日も、きっと、近い。

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「荒俣宏のITコラム」2003/03/18

「第3回 書物のコンサルタントを雇う?」


今やアメリカから洋書を買うほうが、日本国内で新刊書をオーダーするよりもずっと早く、現物を手にいれられる、という現実をご存じだろうか。インターネット・ブックショップのおかげである。

 昔は、洋書店に本をオーダーすると、到着まで早くて三か月かかった。本を書く資料に使おうとしても、これでは間に合わない。仕方がなくて、ボストンバックを二つ担いで、アメリカやフランスに本の買出しに出かけた。

 ところが今は違う。新刊も古本も、世界じゅうの本がネットに載りだした。検索エンジンも一気に充実し、二十年間捜していた洋書もすべて揃ってしまった。もう洋書は、ぜんぶ自分の手の内にあるといってよい。どこに何があるか、いつでも分かるし、いつでも買える。

 だが、問題は日本の本だ。
古本はともかくとして、新刊はあいかわらず捜しにくいし、オーダーしても時間がかかる。新聞雑誌に毎日のように載る新刊書評にしても、デジタルへの蓄積はまるで進んでいない。むろん、検索システムもない。

 こういう惨状だから本が売れなくても当然だと思っていたら、大学や図書館に所蔵される膨大な本のありかを強力に検索してくれるシステムができた。Webcat Plus(http://webcatplus.ac.jp/)だ。何がすごいといって、これは書名が分からなくても適切な本を選びだしてくれるのだ。連想検索が利くのだ。たとえば水族館の本にどんなものがあるか、知りたくなったとしよう。「水族館」と入れて全文検索するのが、ふつうの方法だが、この「ウェブキャットプラス」を使うと、「魚を飼う」や「熱帯魚」、さらに「江ノ島」までが出てくる。これは便利この上ない。

 今後、連想する語が充実し、ブックデータの情報力が高まれば、「鮎」と入れただけで、魚種としてのアユから始まって、アユ料理、アユ釣りの川、そして鵜飼やアユの出てくる文学までが、一瞬のうちに検索できるようになるだろう。非常に優秀な書物コンサルタントを雇ったのと同じ効果がある、と確信している。

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「荒俣宏のITコラム」2003/03/31

「第4回 船上からEメール」

 いま、日本の豪華客船「飛鳥」から、この原稿を書き送っている。  飛鳥はアジア・クルーズの途上にあり、つい先日わたしはバリ島から乗船した。昔は、船旅というと日本の仕事の現場からは完全に切り離されるので、リタイアしたご夫婦とか、会社勤めでない人とかが、お客の主力であった。そのかわり、俗世とは一切関係を断って、純粋に旅に熱中することができた。

 ところが、数年前から船の旅も様変わりしはじめた。通常は世界一周を百日で完了する飛鳥で、毎日自由にEメールが使えるようになったのだ。
 飛鳥の船内はほとんどのお客さんが日本人でしめられているので、和食がおいしい。氷あずきも大福も食べられる。大西洋のどまん中で鮨(すし)も食べられるのだが、一つだけ厄介なのは、日本との交信だった。しかしEメールが使えることになってから、どこにいても、東京に連絡できるようになったのである。おじいちゃん、おばあちゃんは毎日のように旅の話を孫に伝えられる。わたしのような作家も、原稿を東京へ送れる。そのうちにホームページが立ち上がり、航海日誌がお客さん全員の参加で書き込めるようになるだろう。

 こうなると、現役のビジネスマンでも百日間世界一周に参加することが夢ではなくなる。これで船内にインフラが整えば、インターネットもできるようになるだろう。俗世から脱けだして船旅を存分に楽しみながら、なお、必要があればいつでも日本との交信ができるようになる。

 わたしのような職業には、ホテル缶詰という習俗があって、俗世から隔離されたホテル内で原稿を書かされる。しかし、ホテルでなく豪華船だったらどんなに楽しくなるだろうか。噂によれば、来年の世界一周は南極を回るのだが、多忙な某有名作家さんも乗船されるという。そういう時代が来つつあるのだ。さあ、この原稿を送信し終えたら、デッキへ行って、赤道直下の太陽を浴びながら、氷あずきを食べることにしよう!

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「荒俣宏のITコラム」2003/04/14

「第5回 凧とIT」

 わたしの親戚に、日本カイトフォトグラフィー協会の会長をつとめる人がいる。室岡克孝さんといい、母方のいとこだ。

 室岡さんは二十五年ほど前に、カイトフォトグラフィーという新しい写真術を発明した。飛行機やヘリコプターが進入できない高度二百メートル以下の空間から、ちょうど鳥の目になったように建物や遺跡や地形を眺められたら、さぞやおもしろいだろう。しかし、その高さへは人間が立ち入れないのだ。

 そこで室岡さんは凧(カイト)に思いあたった。当時パラフォイル・カイトやデルタウィング・カイトなど航空力学から生まれた強力な折型凧が発表されたときにあたっており、人を吊り上げられる凧も誕生した。これなら、二キロか三キロのカメラも上空に吊り上げられる。ただし問題は、空中のカメラのシャッターをどうやって切るかだ。結局、室岡さんが成功したのは、ラジコンを使う方法だったが、あとで、百年前にフランスでカイトフォトグラフィーを成功させた先人がいた事実を、知った。当時はラジコンなんか、ない。どうやってシャッターを切ったのかと推理を巡らせた結果、一分に一センチの割で進んでいく銃の火縄を利用したのではないか、と思いついた。自分で実験したら、成功した。あとでアルチュール・パチュが用いたのも火縄だったことが分かった。

 室岡さんは二十五年のあいだにさまざまなアイデアを投入し、カイトフォトグラフィーを発展させた。現在は、なんと、CCDカメラの付いた携帯電話を凧に吊るし、凧からの眺めを「中継」する方法に挑戦中だ。これで凧糸を光ケーブルに変えられれば、情報のやりとりもできるようになる。まさに、小さな自前の人工衛星??マイ人工衛星を打ち上げたのと同じ機能を果たせるようになるだろう。

 先日、三鷹で凧を上げてもらった。コンパクトに畳まれたデルタカイトを組み立て、あっという間に空へ上げたあと、ラジコンでカメラのシャッターを切ってもらった。シンプルで、しかも高度な発明だった。

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「荒俣宏のITコラム」2003/04/21

「第6回 パーソナリティーの磨き直し」

ホームページを立ち上げようとしている。

 一年前から準備にはいり、デザインをどうしようか、とか、画像をどのくらい収めようか、とか、ふだん考えもしなかった「自己アピール」の問題にぶつかっている。

 実は、IT社会に参入するということは、新しいスタイルの「自己アピール」を創りだす、ということを意味する。たとえば昔は、名刺をつくったり、スーツを着たり、あるいはヒゲを生やしたりという自己アピール法があった。「○○社の課長でございます」「××大学出身です」などの自己紹介は、その典型だ。旧来の実社会では肩書や所属が有効なアピール項目だった。

 ところが、ホームページで昔通りの自己紹介を書いていると、何だかむなしくなってしまった。IT空間では現実世界での肩書や地位など何のアピール力も持たないと、知っているからだ。現に、わたしのお気に入りサイトの主人公は、「家じゅう古玩具に埋もれた中で、栄養失調になりながらも、玩具図鑑をつくりつづける」人物とか、「ウソか本当か分からない怪情報を書きまくっている正体不明の事情通」たちなのだ。本人の経歴だの地位だのではなく、本人だけが持っているスタイルやこだわりがアピール力となる。しかもそれが「IT内だけのつくり話」であっても、一向にかまわない。

 地位や経歴がつくりだす自分を「キャラクター」と呼ぶ。キャラクターを偽れば詐欺になる。これに対し、自分自身の持ち味やイメージを「パーソナリティー」という。個性だから、悪質なものでもかまわないし、偽ったものでもよい。役者やTVタレントのアピール力がこれに近い。だが、演技はいつか見抜かれる。ただし、地の自分がそうであれば、破綻はない。ホームページで必要なのも、これなのだ。

 さて、地の自分は至って真面目で遊びのない世代が、ネット社会で輝くには、軽薄なパーソナリティーを磨くしかないのだろうか。

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「荒俣宏のITコラム」 2003/04/28

「第7回 Eメールの憂鬱」 (最終回)


 気がつけば我が家もEメールのヘビーユーザーになっていた。携帯を除けば、一日にやりとりするコミュニケーションの類(たぐい)を手段別に分けると、Eメールがほぼ七割に達する。次が電話で、最後がファクスの順になる。手紙とハガキは一か月に一通出すかどうかで、一パーセントにも満たなくなった。

 Eメールは、早い、安い。海外への連絡には、もはやEメール以外に他の手段を考えられない。一年間に三千通以上のEメールを海外からいただく。しかし困った問題もあるのだ。最近は一日に三十通を越えるEメールがある。危いウイルス付きのメールをプロバイダーに除去してもらっても、着信したメールを覗くと、聞いたことのない相手から来たものがかならず混じっている。ふつうは、ウイルスが怖いから見知らぬメールはすぐにゴミ箱へ捨てるのだが、「件名」のところに気になる文言が書いてある場合、そうはいかなくなる。最近は、この文言が実に巧妙になりつつあるのだ。

 たとえば、「アラマタ、至急!」だの、「ヘイ、アラマタ」だのと、こちらの名を書いてくる「知り合い」タイプ。誰かと思って開けば、「バイアグラ安いよ」だの「私のいい写真送るわ」など怪しいDMだったりする。「ヘイ!」などと親しげに呼びかけるのや、「私のこと憶えてる?」などの「思わせぶり」タイプも、みなこの手のメールだ。その他、「返金手続きをお忘れです」とか「あと一日であなたの権利が消えますから、更新を」とかという「忠告」タイプも多い。最近の傑作は「忘れ物を取得」「ご自宅へ小包み急送しました」などという「親切」タイプまで出てきた。そう書かれては、怪しげなDMを開かないわけにいかなくなる。

 変なメールが来るのも困りものだが、もっと困るのは、自分のアドレスが漏れていることのほうだ。巧みな件名の文句に引っかかりDMを開いてしまったとき、「やられた!」と苦笑いしながらも、不安になる。この先、自分の情報をどうやって守ればいいのだろうか、と。

※「荒俣宏のITコラム」は、今回をもって終了させていただきます。ご愛読いただき、ありがとうございました。