Web Site「MY介護の広場」 “「老弟子」の幸福”

執筆者プロフィール
荒俣宏/あらまた ひろし(作家・博物学者・図像学研究家)
1947年東京生まれ。慶応大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。その間に雑誌「幻想と怪奇」を発行。独立後はジャンルを越えた執筆活動を続け、その著書、訳書は300冊に及ぶ。代表作に『帝都物語』『世界大博物図鑑』などがある。


ぼくはすこし変わった人間なので、小学生時分から、なるべく早く老人になりたいと思っていた。たぶん、ぼくが持っていた古臭い趣味を指導してくれる老人とのお付き合いが好きだったせいだろう。まずは中学生のときにお化けの世界に熱中し、小泉八雲の『怪談』を邦訳した平井呈一という偉い老文学者の押し駆け弟子になった。それから自然も好きだったので、山に入って裸で瞑想するという噂の野鳥研究家、中西悟堂さんには始終手紙を書いて指導を受けた。高校時代はいちばんの友達が読書家の校長先生で、放課後に渋茶をすすりながら古本談義を交わした。
とにかく、何かおもしろいことをみつけると、その道の大家に図々しくも手紙を書く。いわば弟子入りマニアの少年だったのだ。そして当然ながら、功成り名を遂げて悠々自適な生活に入っている老大家を「理想の人間像」と決め込んだ。恋も出世もどうでもいいから、ひとっ飛びに老人になれないかなー、と。近代史や書誌の大家、紀田順一郎先生とは、高校生で弟子入りして早や46年間もお世話をかけている。

ところがとき移り、人変わり、気がついてみると出版界やテレビ界ではぼく自身がいつのまにか古株になってしまった。憧れのシルバーライフに自分もたどり着いたということなのだ。ぼくは早速ダイビングのライセンスや無重力飛行体験を得て、海だろうが宇宙だろうがどこへでも行ける準備を整えた。妻と一緒にカーナビを頼りにレンタカーでヨーロッパを巡るドライブ旅行にも挑戦した。ところが試してみたら、ダイビングも海外カーナビ旅行もじつに刺激的でおもしろい。これをせめて10年前から始めていたら、もっと楽しかったろうに、と後悔したが遅かった。こうして「老いる哀しみ」とやらを実感したとき、老人の憂鬱から救ってくださったのは、今年90歳になるお化けの大師匠水木しげるさんだった。「あんたね、還暦なんてのはまだ洟ったれですよ。わたしなんか120歳まで生きる予定だからね、一日最低12時間は寝ないともちませんよ」と。

そこでまた気づいたのだ。わが身は老いても、ぼくにはまだ年上のおっ匠様がいらっしゃる。これほどありがたいことはない。歳をとればとるほど先輩方と長い話ができるし、いつも見習い弟子のような気持ちでもいられる。たぶん、老いてますます輝くというのは、若い人のために「年上でいること」なのではないか。老人がしょんぼりしていては、後輩たちだって老後が不安になるだろう。ぼくも希望ある年上になれるよう、これから精進しようと思っている。