ジャパンスタイルの魅力「日本の香り」開催 2
当日は2時間の長丁場だっただけに2部構成となっておりました。
1部のテーマは「日本 香りの文化史」で、アラマタのトークが中心。
2部のテーマは「日本の俳句と香り」で、黛さんのトークが中心でした。
会場正面にはスライドを映すための大きなスクリーン。
静かにクラッシック音楽が流れるなか、スタートとなりました。
田中 「本日はお越し頂きまして誠にありがとうございました。
本日は『日本の香り』について、2時間ほどですが皆様と考えていきたいと思っております。
本日はお二人のゲストの方をお招きしております。
まずお一人は、日本文化が大好き、作家、そして博物学者として活躍されている荒俣宏さん。
そしてもうお一方は、俳句の新ブームの旗手、俳人の黛まどかさんです。
それでは早速お呼びしましょう。荒俣宏さん、黛まどかさんです。」
大きな拍手。
田中 「まずはご挨拶をかねて、お二人に『最近感じた香り』についてお話をお伺いしたいんです
が、まずは荒俣さん、いかがでしょう。」
荒俣 「アラマタです。こんにちは。
そうですね・・・・そういえば、2週間か3週間前に嗅いだ香りが印象に残ってます。
今年の夏は極端に暑かったんで、ふと、行水がしたいなと思ったんです。ですがタライが
無かったんですね。子供の頃は洗濯ダライかなんかでやってたんですが、ちゃんとした行
水ダライっていうのがあるって事がわかりまして、それを作ってくれる家具屋さんを探し
たんです。そしたら浅草にあったんです。
で、そこに行きましたら、70いくつの職人さんがおられて、もう作れない、材料もない、
って言うんです。10年ほど前に作ったのが最後だと。しょうがないんで、イロイロとお
話を伺ってきたんですが、職人は辞められない、長生きする、と言うんです。何でですか、
って聞きましたら、見てごらんって、檜のオケを作るのに削ったカンナくずを嗅がせてく
れたんです。これがいいにおいで・・・頭の上からスーっと爽やかになるというか。
その時、昔の日本家屋って、家中、芳しい香りが漂っていたんだなぁと解りました。感覚
にも体にも作用する。今は新建材の公害なども言われていますが、昔は新しいほど良かっ
たんですね。
木の香りのする、削りたてのカンナくずの香りが記憶に残っています。」
田中 「・・・・・で、行水はどうなりました?」
荒俣 「しょうがないので、木で出来た金魚鉢を買って帰ってきました・・(笑)」
田中 「黛さん、いかがでしょう。」
黛 「旅で新幹線に乗ったんです。そしたらお相撲サンが乗ってまして、そのビンつけ油の甘い
香りが。お相撲サンと香りとが結びつかなったもんですから・・驚きでした。
あれは何か香料が入ってるんでしょうかね?」
荒俣 「そうですね・・〇〇とか(註:聞き取り不能)いろいろ入ってますし・・・江戸時代のお
相撲サンは、おしろいを塗って、櫛をさしたりしてた人もいるくらいですからね。
おしゃれだったんですね。」
田中 「お二人とも、日本的な香りですね。『香り』の前に、『ジャパンスタイル』については
どうお考えですか?」
荒俣 「日本人の感覚って、非常に不思議なんですね。だから日本探訪が止められないんですが。
もともとベースには、日本人のオリジナルな感覚ってあったと思うんですが、それが今か
ら1500年から2000年前に大陸文化が中国から入ってきて、この文化をを取り入れて一番
最初の日本文化が作られたんでしょうね。今、IT革命だとかなんだとか言われていますが、
それ以上の革命が起こったと思います。
まず、暦が入ってきました。それまで日が暮れたら寝ればイイヤっていう程度のものだっ
たのが、『時間』という観念を持たされた。これだけでも大変なのに、漢字も入ってきま
した。まったく解らない文字を、帰化人なんかが教えたんでしょうが、おそらく日本に有
るものも無いものもありますから、非常に困ったと思うんですね。
一番問題なのは、今日のテーマの『香(かおり』で、お香なんてものは解らなかったでし
ょうし、この香りが何の木から、何の物質から出るというのを理解するまで、様々な体験
をしなければならなかったんではなかったでしょうか。
短期間にイロイロと吸収した『吸収の仕方のプロ』っていうのが、ジャパン文化を特徴づ
けている大きな力になっているんでしょう。香も最初は外国文化だったのが、少しづつ日
本人に馴染み深くなってきた経緯を非常によく証明してくれる題材ではないかと思ってます」
田中 「しかし、どういう形で入ってきたんでしょうか・・・日本書紀には淡路島に香木が流れ着
いたという記述もあったかと思いますが」
荒俣 「日本の場合、どういう訳か、海外から来るものは海のむこうから流れてくるケースが多い
んですね。夏ミカンなんかも、萩のあたりに流れ着いたものを漁師の奥さんが植えてみた
ら美味しい実がなったんで普及したとか。桃太郎の桃も中国から来たものですし。
流れて来るものが幸(さち)をもたらしてくれるとうイメージが、恵比寿や大黒なんかが
海の神様と関係付けられていったんでしょうね。
香木も最初は淡路島に流れ着いたらしんですが、地元の人が乾燥させて火にくべたら
いい匂いがしたんで、これは珍しいものだって事で都(みやこ)へ献上したら、聖徳太子は
既に知ってたらしいんですね。これは香木というもので宝物である、と。海外から来た人物
の伝来を示した話ですが、聖徳太子自身にとっても、これが香木だという事を初めて知っ
た、斬新で刺激的な出来事だったんではないでしょうか。」
田中 「時の権力者を魅了した香木が、正倉院に残っているらしいですね」
荒俣 「これが面白いんですが、蘭奢待(らんじゃたい)という、聖武天皇の頃のものが残されて
いますね。名前からしてスゴいんですが。」
ここで、蘭奢待(らんじゃたい)のスライドが何枚か示される。(こちらで見られます)
荒俣 「長さ・・1.5メートルくらいでしょうか・・。
3枚の短冊が付いてますよね。これは権力者がカットした跡なんです。」
田中 「切っちゃったんですか!?」
荒俣 「はい、時の権力者が権力の象徴として切り取っちゃったんですね。足利尊氏、足利義政
・・・織田信長なんかはずいぶん沢山切り取ったらしいですし、徳川家康なんかも。
この香木ですが、もともと香る種類の木だと思っておられる方も多いと思います。もちろ
ん白檀なんかもあるんですけども。
これは、東南アジアなんかの一部の木が、ある刺激を受けて樹脂をたくさんだすんですね、
これを取って焚くといい匂いがする。木の形をしているのは、この樹脂が木を覆って、それ
が土の中に埋まったりして長い時間がたつうちに木が腐り樹脂だけが残る。ですから真ん中
が空いてたりする訳です。これですが、水に沈むんですね、『沈香(じんこう)』なんて
いいますけども。水に浮くかどうかで熟成具合も解り、香りも変わってくるようです。
いずれにしても、日本はこの樹脂をありがたがる傾向がありまして、後に『伽羅(きゃら)』
っていう名前がつきますが、この蘭奢待(らんじゃたい)は、その親玉、王様みたいなもの
です。
名前もおもしろくって、この『蘭奢待(らんじゃたい)』って漢字ですけども、なかに
『東・大・寺』って文字が隠されているんですね。東大寺を建てたときにお祝いに天皇から
もらったという事で。実に日本的ですが。たぶん本当は由来のある名前なんでしょうけど」
田中 「黛さんはどう思われますか」
黛 「信長や家康なんていう強者が香りを欲しがったっていうのはどういうことなんでしょうね」
荒俣 「たぶん謁見したりする時に、象徴として香りをつけたんでしょうね。家の香りもそうです
が、部屋の香りって重要だったんではないでしょうか。天皇や権力者がおなりになる場所
を演出したんでしょうね。
中国なんかでも、壁に『麝香(じゃこう)』を塗り込めて、スゴイ香りのするところに皇帝
なんかは住んでたようです。ある種類の香りは王が独占していたんでしょうね。色もそう
ですよね、〇〇(註・聞き取り不能)と言って、王や皇帝しか使えない色や模様がありま
した。」
田中 「蘭奢待(らんじゃたい)のお話をお伺いしましたが、世界各地には様々な香りの原料が
あります。これをご覧下さい。これはすべて香りの原料なんですが・・不思議なものが並
んでいます。」
沈香、白檀など数種類の原料がスライドで示される。
荒俣 「変なものが多いですねー。これはほとんど漢方薬ですね。もともと漢方薬とつながってた
んで、香辛料やスパイスとか、食品やクスリにもなってましたから、お香は健康や不老長寿
を演出する意味もあったんですね。」
田中 「右側の上から2番目、白い毛が生えたものが、先ほどお話に出た麝香(じゃこう)です。」
荒俣 「・・・・昔は何から取れるか解らなかったんですよね。大体、こういうものはもともと秘密
の輸出品でしたから。特に麝香(じゃこう)は、アラビアから中国、どこでも高価で売れま
したから、ものすごいシークレットだったんですね。
毛が生えてるんで動物だというのは解ったんですが・・・・なかなか解らなかったんです。
これが実は、鹿の類です。ジャコウジカという、ヒマラヤとかシベリアとか、非常に高山地域
に住んでる鹿です。この鹿の、オスの生殖器の近辺にあるフェロモンの袋を切り取って、乾燥
させたのが麝香(じゃこう)です。
これがわからなくて、みんなは土を掘ったり、木を探したりしたんですね。
これを最初に見て情報を与えたのはマルコ・ポーロだったと思います。13世紀の人ですから、
それくらいになるまで正体が解らなかったんですね。」
黛 「あのー・・これ、このままじゃイイ匂いはしないんじゃないですか? 場所的にも・・。」
荒俣 「・・・場所的にも(笑)・・そうですねぇ、あんまりイイ場所じゃないですよねぇ(笑)・・。
フェロモンでイイ匂いってあんまりないんですね。大体強力で、脳の一部に効く、という香り
です。大抵は白檀とかそういうものと調合して、香りを安定させるのに使いますね。
麝香(じゃこう)というのはスゴいんです。非常に長く続く香りの成分を持ってるんです。
いくら発散しても、あとからあとから尽きないんですね。
千年くらい軽くもつといわれています。
ですから中国の皇帝なんかは、何代も香りで権威を示すために壁に塗り込んだんでしょうね。
ランクもありまして、昔、私は『世界大博物図鑑』っていうのを作ったんですが、この時、
ジャコウジカの事も調べました。
当時の伝説で最上級と言われるのは、生きているジャコウジカが、自分ではぎ取った袋・・・
どうやってはぎ取るのかは知りませんが(笑)・・・その袋・・・英語でムスクとかムスカっ
て言いますが・・・これが最高の品であると。で、2番目が猟師さんが撃った直後の鹿から取
ったもの、3番目が自殺した鹿からとったものなんだそうです。
この自殺ですが、これにも理由があって、ジャコウジカは自分で麝香(じゃこう)という素晴
らしいものを持っているのを知ってるんだそうです。で、これを狙う人間にみつかった時、あ
いつらに取られるくらいなら死んだ方がイイって事で、追いつめられると谷底に身を投げる
んだそうです。」
田中 「へぇー」
荒俣 「麝香(じゃこう)はメスを呼ぶくらいですから、気付薬や刺激剤、強心剤として使われてきた
んですね。
『反魂香(はんごんこう)』というのはご存知ですか?
昔の中国では、亡くなった人に会いたい、死人を生き返らせたいという時に、そういうものを
焚いたんです。成分は秘密中の秘密でしたが、これを焚くと死人が蘇ったんですね。
たぶん、成分は気付薬や麝香(じゃこう)・・・麝香(じゃこう)は今で言うバイアグラのよ
うな役目もありましたから、死にかけた物を復活させる力を持つと思われてたんでしょう。
日本にこれが来たときは『反魂丹(はんごんたん)』という名前になってまして、江戸時代の
お化けの話にも出てきます。麝香(じゃこう)は死人を蘇らせる力ももってたんですね。」
田中 「楊貴妃もクレオパトラも麝香(じゃこう)の大フアンだったそうですね。
クレオパトラは1回に今のお金で20万円相当の麝香(じゃこう)を使ってたとか。」
荒俣 「そうですね、楊貴妃も常に麝香(じゃこう)をつけていて、近づくと麝香(じゃこう)の香り
がしたそうです。あと、お風呂が好きだったそうで、西安の郊外に今でも楊貴妃が入ったとい
う、だだっ広い風呂跡が残されているんですが、あそこにもたぶん香料を入れていたでしょう
ね」
田中 「そして、これらが日本に入って来たとき、独自の香りの文化というものも形作られていったと
思うんですが・・・・・」
荒俣 「そこんとこが面白いとこですよね。最初、どう使うか検討したと思います。
で、まず日本的な名前を付けるところから始まったんですね。ネーミングが日本の物にする
第1歩だったんではないでしょうか。沈香(じんこう)は、より日本的な『伽羅(きゃら)』
にしたほうがいいと。今でも英語なんかは、難しい発音のものは日本的にされてますよね。
アパートとかデパートとか。
そのあとに、もともとは仏教の・・・こういうものは推古天皇の頃に入ってきたんですが、
一緒に仏教も入ってきて、生活習慣も変わってきたんですね。まず仏教の儀式に使われ、
そのあとは権力者の象徴に使われたり、様々な用途が見いだされて行った。その後、貴族
から武士文化の時代へ変わって行きますが、両者の共通点は、非生産者で遊び人、ていう事
なんです。
今で言えば、豊かな消費者だったんですね。最初は仏教で使っていたものを、普段も使おうと
いう事になってきた。遊びに使うようになると文化になるんです。産業段階では、まだ必ずしも
文化とはいえませんが、消費者段階でどう根付くか・・・これが文化になるんですね。」
田中 「なるほど」
荒俣 「面白いもので、『源氏香』っていうものがあります。
どうやって遊ぶかといと、昔は競争する事が遊びだったんです。サロンの社交という意味も
あったんです。対戦して、どっちが勝つか、どっちのセンスが良かったかを競ったんですね。
絵合わせ、貝合わせ、歌合わせ、香合わせ、なんていうものが生まれました。
お香の競争は、何種類かのお香をブレンドしたものを焚いて、どっちが優れているか競ったり
・・・きき酒やききワインみたいなものですね、してたんです。
『源氏香』っていうのは、5種類のお香を、それぞれ5つの袋に入れて・・25個になります
よね・・それを嗅がせて・・・テイスティングに近いですね、それを模様に表現したりするん
です。」
スライドで模様が映し出され、解説を加える(大体こんな事を言いました)。
荒俣 「この遊びに、源氏物語をくっつけちゃったんですね。
香りを源氏物語の最初と最後を除いた52話にあてはめて種類分けをして、源氏物語の
テーマにあった香りを作り出しました。文学とくっついちゃったんですね。
やがて、これらは、今度は実際にオブジェにくっつきます。
今でいう碁盤や将棋盤に近いものの上に様々なもの置くんです。一番面白いのは、人形が
おかれて将棋の駒のように使われました。盤上ゲームにもつながっていくんですね。
さまざまなお香を中心にしたゲームが生まれました。日本的ですね。」
ここでスライドに源氏物語・梅枝(うめがえ)の聞香の絵が映し出される(ここの真ん中くらいにある絵)。
アラマタ、ポインターで図を指し示しながら、これに解説を加える。
荒俣 「お香の材料の一つに梅も入ってるんです。梅とか菊とか6種類の材料が決められていた
んですね。なぜ6種類かと言いますと、これ、季節に関係あるんです。
ファッションと同じで、冬にお嫁に行く娘さんに夏の香りを付けるわけにはいかないと。
ですからこれは寒い冬を表すシーンで・・・季語だと梅は春ですかね・・!?」
黛 「春です。」
荒俣 「博物学的には冬なんですが・・・自然のサイクルをも表していたんですね。」
このあと、黛さんが「源氏物語と香り」について解説し、第1部は終了しました。