第四回「世界妖怪会議」開催 3
京極「という訳でついに始まった訳ですが、中身は非常に地味でございます。
この会議は、何か差し迫った課題があるとか、急いで決議しなければならない事が
あるとか、そうした性質のモノではございません。過去3回、結論めいたモノがでた事は
一度もございません。妖怪とはそもそも白黒はっきりしないものでございまして、これは
しかたがない事ではございますが、こうして妖怪について語り合う場を作る事こそが重要
なのだと、そうご理解頂きたいと思います。
ただ今回は主催者側からお題を頂戴しておりまして、・・・「妖怪とは何か」・・・。
これはまた、ストレートで基本に立ち帰ったテーマでございますが(苦笑)、考えてみたら
なかなか難しいテーマでございまして、今でもたくさんの学者さんが眉間にしわを寄せて
研究しおられます。そこで今回は、こういう場でもありますし、妖怪の面白さ、学問で
とらえられない部分を探ってみたいと思います。少しずつ絞り込んでいきたいんですが、
まず、体験というものが先にあると思うんです。
体験といいますと、水木先生、沢山お持ちだと思うんですがいかがでしょう?」
水木「・・・・・・・・・・・」
水木翁、早くも別世界へ飛んでる様子。会場爆笑。
水木「・・妖怪とは何か・・水木説に従えばですね、この世界には目に見えるモノと見えないモノが
あって、目に見えないモノは即ち妖怪でして・・・ロンドンとかパリ、東京なんかは感度が
鈍いんですねえ・・妖怪が住んでないから。自然の多い地域にはいるんです。
そういう所の人はちゃんとわかってて、こういうの(お面)を作ったりするんですね。
この、前にある面はラバウルのバイニングの仮面です。これを夜、かぶって踊るんです。
とっても面白かったモンですから酋長に札束を渡してお面を送ってくれ、と言ったんです。
でもそのあと、ラバウルの大噴火があって、それを理由に送ってこないんです。
ですから、これ(面)を見ると、なんだか、訳のわからん怒りがこみ上げて来るんですよ」
会場爆笑。
水木「私の場合は、生まれつき妖怪感度が高かったんですかねえ。石燕なんかが書いたのを見ると、
膝を打って『やっぱりいたんだ』と大いに安心しました。
・・・・なんか私ばっかり喋っちゃって・・・・」
京極「そうですね(笑)・・・・毎回そうなんですが、これは『水木先生を称える会』ですんで、
これはこれで会の趣旨に沿ってるのでは、と・・・・(笑)。
荒俣さんはいかがですか?」
荒俣「妖怪とは何か、という話を20秒くらいでいたしますけど、僕がイロイロ水木先生なんかと
歩いて体験した事は明快でありまして、要するに何でもいいんですね。
これさえ言わなければ、妖怪の研究が出来る、妖怪と仲良くなれる、あるいは、普通の人と
話した時に『ああ、この人は真面目に妖怪の研究をしているな』と思われる事があります。
たった一つ言っちゃいけないのは『何かようかい?』なんです(笑)。これを言っちゃうと
全部崩れちゃいますんで・・・・。
実は私、水木先生と一緒に、このバイニングダンスに参加しました。妖怪感覚という話を
水木先生がしましたが、私、妖怪感覚はものすごく鈍いんですね。自信をもって言えます。
過去、日本各地の祟り場所をイロイロ歩いてまいりました。東北には座敷わらしが出るという
金田一温泉という宿があるんですが、ここは絶対出るっていう事で高橋克彦先生に誘われて
行きました。で、座敷わらしが歩いていくという部屋の真ん中に布団をひいて寝たんですが
出ませんでした。そのくらい妖怪感覚が鈍いんです。ちなみに言うと、一緒に行った編集者に
『おまえの腹の上を子供が歩いて行ったぞ』って言われたんですけど・・・・(笑)。
そのくらい鈍いんですけど、妖怪感覚については非常に驚いた事がありました。
ニューギニアの山の中で、みんなで輪になって神を呼ぶ儀式がありました。妖怪を呼ぶには音
が必要なんですが、みんなが歌う歌が妙なハーモニーになってビリビリ震え始めるんです。
日本の祭りももともとそうだったんでしょう。で、犬や鳥が逃げ始めるんですね。あんな光景
は初めて見ました。で、祭りが佳境にはいると今までビデオを回していた水木サンがいきなり
裸になって、そばにあった槍をもって輪に入っちゃったんです(笑)。エッホエッホやってる
のを見て『こりゃあ、いよいよダメになっちゃったかなあ』と思ってましたら(笑)、輪の中
から水木さんが呼ぶんです。『荒俣、来い』って。
で、イヤイヤ輪の中に入って行ったら、中にはもの凄く気持ちイイ空間があるんですね。
あの中ではどんなに鈍い人でも妖怪感覚を得られるという事がわかりました。
それを、まず皆さんにお伝えしたいという風に思っているんです」
ここで、会場のスクリーンに水木翁撮影によるバイニングダンスのVTRが流れる。
荒俣「で、締めますと、この空間に入って何が変わるかっていうと、人間じゃなくなる訳ですね。
自分も精霊の一部になるんです」
京極「それは感度が高くなる、という事とはちょっと違うんですか」
荒俣「そうですね、感度は変わらないと思うんですが、違う人間になれちゃうんですね」
ここで京極氏、身近な話題に方向転換。
盆踊りの起源についての話などを挟み、妖怪の形についての話へ。
京極「妖怪には形の面白さっていうのもありますよね。目に見えないものを見えるものに置き換える
時に失敗しちゃなんにもなりませんよね。視覚が非常に重要になってくると思うんです」
スクリーンにトペトロの葬儀の様子(ダンス)や、牛祭・摩多羅神の様子が写し出される。
荒俣「今の造形を見ていて感じるのは、部分部分、要素要素があって・・・たぶん全体の事は考えて
ないんでしょうけど、それぞれの要素がミスマッチなのに集まって、神の形になっちゃう様な
感じがありますね」
京極「そうですね、妖怪のデザインって、そういう形で出来て行くんでしょうね」
荒俣「非常に古い人間の感覚なんでしょうけど、20世紀の人間がやったモダンアートと一緒ですね。
ピカソと一緒です」
京極「石燕なんかは非常に洗練された妖怪の絵を書いてますね。妖怪本来の姿がレベルアップされた
形で描かれてます。意味のあるものが組み合わされてますね。多田さん、いかがですか」
多田「そうですね、あの・・・・・・」
水木「石燕はね、私も・・」
荒俣「水木先生、今、多田さんが喋ってるんですよ・・・・」
水木「・・・・・・・・・・」
会場爆笑。
多田「先日、8月3日に石燕の命日があったんです。浅草にお墓があってお参りしてきたんですが、
石燕の墓の3つほど向こうが空いてましたから、水木先生、如何です?」
荒俣「多田さんじゃ死体が入りませんしねえ(太ってて、の意)」
多田「荒俣さんこそ入れませんよ!」
会場爆笑。
水木「どうですか、外国にも妖怪狂いの人はいますか」
荒俣「そうですねえ、まあ、いない事はないですね。向こうは妖怪の形がちょっと違うんですが、
探求している人っていますよね。特に19世紀末くらいはコナン・ドイルですとか、そういう
モノを探そうという動きがあって、ちょうど日本と同じように古い妙なモノの発掘運動みたいな
ものがありましたね」
水木「ヨーロッパなんかは解ってるんですけど、トルコなんてどうでしょうかねえ」
多田「あっちはイスラム圏なんで、あんまりいないかもしれませんよ」
荒俣「あのね、トルコの周辺ですけど紅海ってあるじゃないですか。あの辺は妖怪の宝庫らしくって
誰も潜らなかったって話を聞きました。潜るとサメの妖怪や人魚みたいなものがでるんで、
周りの人は絶対潜らなかったったんで海の研究が遅れたんです。潜水で有名なクストーが
初めて潜るにあたって選んだのが紅海で、なぜなら海に妖怪がいないって事を証明しようと
潜ったそうです」
水木「あんた、そこに行ってみな」
荒俣「(苦笑)。海は妖怪の宝庫ですよね。バリ島なんかでも、北の方に古い神社があって彫刻が
あるんですが、自転車に乗る日本兵まで妖怪になってる(笑)。案外、あっちの方では妖怪
って水の中にいるものなのかもしれませんね」